エアーズロック

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エアーズロック

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1997年の8月にママさんと二人でオーストラリアに行って来たときの写真。よく憶えていないので、旅行記は適当です。
この時の旅行スケジュールは、ケアンズ→エアーズロック→メルボルン→ブリスベンと移動しました。
キュランダの駅です。
キュランダの駅です。
キュランダの駅から車両に乗るところ。
キュランダ鉄道の車両
車窓から外の景色を眺める。
車窓から外の景色を眺める。
この頃は、本当の蒸気機関車
この頃は、本当の蒸気機関車
これは、記念写真用の看板
これは、記念写真用の看板
キュランダの街への遊歩道
キュランダの街への遊歩道
メルボルンで自分は、ホームステイのボランティアに合流しましたし、
ママさんは、ホストファミリーと過ごしたりして、
5日間ぐらい滞在していましたので、
その他は、かなりのハードなスケジュールとなりました。
この時の観光のメインは、なんと言ってもエアーズロックでしょう。
ケアンズでは、キュランダ鉄道に乗ってキュランダへ行ったり、
グレートバリアリーフのグリーン島を観光しました。
写真は、ありませんがラフティングにも挑戦しました。
ケアンズでは、2泊してからエアーズロックに行くために
アリススプリングスに向かいます。
グリーン島への高速艇の桟橋
グリーン島への高速艇の桟橋
グリーン島では、プールにも入りました。
グリーン島では、プールにも入りました。
ケアンズを出発するのは、午後だったので午前中に買い物をしていると、タクシーが捕まらなくて、飛行機に遅れるところでした。
この時は、まだケアンズも、今ほど発展していなかったので、タクシーも少なかったのだと思います。
そう言えば、この頃のナイトマーケットは、本当にバラックで造られていましたよ。今は、立派になっていますけどね。
アリススプリングスへ行く飛行機
アリススプリングスへ行く飛行機
アリススプリングスへは、小さな飛行機。国内線に乗って移動です。
アリススプリングスは、小さな町なので外に出ても何もなかった。
ですから、どんなところが全く憶えていません。
写真も残っていないし。・・・・・・
次の日に、早朝からセスナでエアーズロックに向かいます。
機内では音が大きいためヘッドホンをするように言われる。
何人乗りだっただろう?たしか、8人乗りぐらいのセスナ機でした。
エアーズロックへのセスナ機
エアーズロックへのセスナ機
機内の様子です。
機内の様子です。
空から見た広大なオーストラリアの大地。どう表現すればいいのだろう?とにかく、雄大です。砂漠地帯にポツリと大きな岩が見えてきます。エアーズロックだ。
エアーズロックは、周囲約9キロ、海抜876メートルの世界で一番大きな岩。
空から見たエアーズロック
空から見たエアーズロック
エアーズロックの上を旋回
エアーズロックの上を旋回
この角度がエアーズロックらしい。
この角度がエアーズロックらしい。
オルガ岩群
オルガ岩群
コネラン空港に到着し迎えのバスに乗って、オルガ岩群をまわり、エアーズロックの麓まで移動。この辺りのスケジュールが思い出せません。
もしかしたら、順番が違っているかも知れない。他にもアボリジニーの壁画も見てきました。神聖な場所らしいので写真は、遠慮しておきます。
昼食は、エアーズロックにある唯一のホテル?のプールサイドで食べました。
バスの中は、日本人だけなので自己紹介などをしながら走ります。
オルガ岩群だと思います。
オルガ岩群だと思います。
ゴツゴツした岩がいっぱいある。
ゴツゴツした岩がいっぱいある。
岩の合間にも、緑があった。
岩の合間にも、緑があった。
昼食を取ったホテルのプールサイド
昼食を取ったホテルのプールサイド
そして、エアーズロックを登る時の注意事項などの説明を聞きます。約2時間で登って降りてこなければならない。
ここからエアーズロックの登山が始まる。
ここからエアーズロックの登山が始まる。
下から見ると大した事なさそうですが。
下から見ると大した事なさそうですが。
エアーズロックは、下から見ると大したこと無いようだが実際に登ると、
ものすごい急斜面です。
登山道には、鎖が張ってありますので鎖に掴まっていないと
滑り落ちそうな程です。
実際に足を滑らせて亡くなった人もいるらしい。
心臓が破裂しそうになるぐらいつらい。日頃の運動不足がたたっているな。
バスに同乗した人の中には、諦めて途中で降りていく人もいる。
ママさんは、留学をしていた時に修学旅行で
以前にもエアーズロックに登っているので行きたくない様子です。
でも、ここまで来て登らないのは、勿体ないので一緒に登ることにします。
かなりキツイ急な斜面です。
かなりキツイ急な斜面です。
バスが小さくなって見える。
バスが小さくなって見える。
登りきると平坦になる。
登りきると平坦になる。
エアーズロックの真ん中かな?
エアーズロックの真ん中かな?
必死になって登っていると背中に子供をオブって登っていく人がいる。
信じられない。
何とか、斜面を登り切りました。すると急に平坦になります。
エアーズロックは、台形ですので斜面を登り切ればあとは、平坦な道です。
真ん中の辺りまで進むと360度のパノラマの世界が広がります。
地平線が円い。中心の目印までたどり着いた。
エアーズロックの真ん中には、方位板が置いてあり、その上には、寄せ書きのノートが置いてあったように思います。たしか??
自分たちも名前を書いたような記憶があるので。。。。降りるときは、下り坂なので、すぐに降りていけますよ。
たしか、降りるときにペットボトルを落としてしまった。人に当たらなくて助かった。もし、当たっていたら・・・・
後の洞窟に壁画がある。
後の洞窟に壁画がある。
そろそろエアーズロックの色が変わる。
そろそろエアーズロックの色が変わる。
日が沈んでしまいました。
日が沈んでしまいました。
夕暮れになりエアーズロックは、
その色を少しずつ変えていきます。
この光景を見ながら、
ディナーをしている人達がいます。
もう少し、エアーズロックの姿を見ていたかったが帰りの飛行機の時間が近づいてきた。
夕暮れの中、自分たちは、また、セスナでアリススプリングスへ戻ります。
離陸する頃には、もう暗くなり景色が見えなくなっている。真っ暗な大地にポツリと明かりが見える。家だろうか?車のライトの光かな?
アリススプリングスに到着です。もう遅くなり外で食事もできない。ホテルの中で夕食を取ることにする。
以前から、ウィチティークラブが食べてみたかったのですが、そんなメニューはありません。テレビで見たのですが、ウィチティークラブとは何かの幼虫です。
やはり無理でした。残念だな。その代わりにクロコダイルとカンガルーの肉の盛り合わせを食べた。美味しいとは言えなかったが話の種になるだろう。
メルボルンでは、ママさんのホストファミリーにお世話になりました。
お母さんのBさん・お姉さんのLさん・Lさんの旦那さんDさん
Dさんには、自家製のビールを飲ませてもらった。
2日間ぐらいしか滞在できなかったが楽しい時間だった。
その後、自分は、ホームステイのボランティアに合流していました。
ホストファミリーとの談笑
ホストファミリーとの談笑
心臓病で亡くなってしまったお父さんのGさんの墓参りもできた。Gさんには、自分も以前にボランティアでメルボルンに来たときに大変お世話になった。
Gさんの運転でいろんな場所に連れて行ってもらった。途中で、Gさんは胸が痛くなり運転をBさんと交代して横になって休んでいたことを思い出す。
無理をしてくれたのかな?複雑な思いが込み上げます。
ドリームワールドの前
ドリームワールドの前
コアラ
コアラ
ウォンバット
ウォンバット
カンガルー
カンガルー
ママさんと合流し、メルボルンを後にしてブリスベンへ。ブリスベンでは、ドリームワールドに遊びに行ってきました。
ブリスベンの街は、どことなくメルボルンに似ている感じがします。古い建物があり、ヨーロッパの街を連想する。
ブリスベンでのクルージングディナー
ブリスベンでのクルージングディナー
豪華なシーフードの盛り合わせ
豪華なシーフードの盛り合わせ
オーストラリアでの最後の夕食は、クルージングディナーです。
シーフードの盛り合わせを注文しました。
とても、豪華だ。それに新鮮で美味しかったです。
今回の旅が終わり、いつか子供を連れて、またエアーズロックに登ろうと思う。
子供が自分で歩けるようになってからだけど。絶対にオブって登っることは無理だから。

追記・・現在(2007年)は、子供たちとオーストラリアに何回か旅行していますが、まだ、エアーズロックの登山は、実現していません。
出来れば、アウトバックを横断する旅行をしてみたいので、その時にエアーズロックの登山を入れてみよう。何時になる事やら。。。。
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1994/08/15-25 オーストラリア
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